前方後方墳と廻間様式
瑞龍寺山山頂墳 †
瑞龍寺山山頂墳基本情報 †
- 文献
- 楢崎彰一・山田友治1967「岐阜市瑞龍寺山山頂出土の古鏡について」『考古学雑誌』53-1
- 荻野繁春1985「瑞龍寺山山頂遺跡」『岐阜市埋蔵文化財発掘調査報告書』
- 赤塚次郎1992.3「瑞龍寺山山頂墳と山中様式」『弥生文化博物館研究報告』第1集
- 所在地 岐阜県岐阜市 瑞龍寺山山頂標高158m
- 座標(世界測地系)136.7695927619934 35.42158934976792
- 西暦一世紀後葉の山中式中頃を中心とした墳丘墓と想定。特定個人墓
瑞龍寺山山頂墳 †
- 赤塚1992による見解を整理
- 南側に突出部を持つ,前方後方型の墳丘墓と想定。墳丘長は47mで,長方形プランの主墳の規模は35×26mを思われる。墳頂部は磐座状で,まさに岩盤を刳貫いた2ヶ所の埋葬施設が確認されている。中心的な第I遺構は4m×1mでN_11°_W,朱と管玉一点が報告されている。第II遺構は3.4m×1mでN_48°_W,内行花文鏡と土器が副葬されている。
- 内行花文鏡は面径221mmの雲雷連弧文鏡,後漢前期末の製作と想定されている。なお破砕鏡の可能性を残す。
- 土器は山中I式の新しい段階の資料を含め,やや幅のある内容と思われるが,おおむね山中式中頃を中心した所属と理解できよう。
- その他
- 瑞龍寺山から水道山にかけて山中式から廻間I式期の遺跡が点在する。北側の上加納山には墳丘墓群が点在し,山麓には上加納銅鐸出土地を含め,興味深い遺跡群が集中する。
- 伝五銖銭

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